もうすぐ8月15日の終戦記念日を迎える

昭和20年(1945年)の夏に戦争が終わったのだから、68年が過ぎた。
当時20歳の人はすでに88歳、30歳の人は98歳になっている。

悲惨な戦争を繰り返してはならないという趣旨から、戦争を語り伝えようというイベントが各地で行われる。

もうあまり時間がない。物心がついて、体験を語ることができる年齢が10歳と仮定すれば、いま、その人は78歳。
三十年もすれば、日本から第二次世界大戦を経験を語る人は全くいなくなる日がくる。

実は「戦争を語り伝える」ことに私はある違和感を持っている。

私たちが聞かされるのは、いかに、戦争が悲惨で、ひどい目にあったかという被害者としての話だ。

それだけでいいのだろうか、

戦士として、私たちはいったいどのような残虐なことをしたのかという話は聞いたことがない。

唐突だが、私たちは車を運転する際に保険を掛けるが、それは自分が傷ついたときの医療費を主に考えているわけではない。

誰かを傷つけてしまった時に、その償いをするために準備するのが保険の主な目的である。

私たちは自分が傷つくこと以上に人殺しになってしまうことを恐れる存在ではないだろうか。

戦争が悲惨であったという語りは、「日本が不当に侵略を受けたとき逃げ出すつもりなのか?その時に国を守る誇りはないのか」、という理路に対抗できないと思う。

痛い目や怖い目にあいたくないから戦争をしないという理屈は、その悲惨さがいかに甚大なものであっても、本質的に戦争の抑止としては弱いのではないのかという危惧がある。

戦争になれな私たちは大勢の人を殺すかもしれない。そして大勢の人を「殺しても構わない人たち」と認識するかもしれない。私にはこちらのほうがよほど恐ろしい。

もしそうなら私たちは、他国の人を殺し、同胞を見殺しにした兵士たちの声を聞くべきではないのか?

そして、年齢的にすでにそのタイミングは限界を迎えている。
過去の兵士たちはそれを語る責任はなかったのだろうか?
国のために命をかけて戦ってくださった先輩方に対する冒涜であることは承知の上である。

もし、それがかなわないなら、南の国で私たちが殺した人たちの家族にその証言を聞くべきではないだろうか?

かつてアメリカ人は大勢の日本人を殺した。
加害者がいかに鈍感であるかは私たちはよくわかっているではないか。