教皇選挙という邦題だが「コンクラーベ」の方がむしろ分かりやすかったと思う。
ローレンスが冒頭で自分の「信仰への懐疑」を含む演説を行う。面食らった。教皇選挙じゃないの?
ローレンスは首席枢機卿と呼ばれる役職であり、コンクラーベの運営責任者であり主人公である。
そしてその懐疑ゆえに前教皇に退職を願い出たが、認められず留任させられている。
ということをあらかじめ分かっているとぐっと筋を追いやすくなる。(彼は教皇になりたくない人だ)
というのも、西洋人の70代と思しきおじさま方が次々と現れ、いったい誰が教皇立候補者なのか、顔と名前を一致させるのが大変なのだ。しかも服装もほぼ同じ。
実は、コンクラーベに参加する枢機卿は全員、教皇に選ばれる可能性のある人たちであり、そしてローレンス自身もその資格のある人間である。(ここもわかりづずらい。教皇立候補者という人はいないのだ。)
実際は数人の有力者がいて、票の取り合い、追い落としがおこる。
同一人物が、投票シーンではファミリーネーム、仲間内ではファーストネームで呼ばれ混乱した。
ただ、それに耐えて、見るだけの価値のある映画だった。
巨大な宗教組織のトップ選出が欲にまみれていることに、いまさら驚きはない。
この映画はその「宗教界のドロドロを暴く」ための映画ではない。
キリスト教が、そのドロドロと、暗躍と、古い因習のなかにあっても、それでも「信仰」という核が失われていないという希望の映画である。
コンクラーベを鏡として世界を描く、という映画ではない。
コンクラーベそのもの、「信仰」を描く秀作である。
ずっと良い映画だと感心しながら見ていたが、最後の10分で号泣した。
この10分で必見の映画となった。絶対にネタバレなしで見るべき。
全体に「教会は前進すべき」というリベラル色の匂う映画だ。
そこが鼻につくひともいるであろう。

実際、裏工作をしているのはリベラル。

最右翼のテデスコはうるさいが、裏はなさそうだ。

しかし、天皇家が男子のみに引き継がれることを海外から批判されると、カトリックの教皇だって男性のみじゃないか、と引き合いに出される存在である。
信仰、男子継承に興味のあるひとにはなおさら必見だ。

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